【感想】町田そのこ『52ヘルツのクジラたち』共感できずに傍観。そんな自分に思いを巡らせる。

町田そのこ『52ヘルツのクジラたち』を読んだ。

2か月ほど前に読了して、すぐに感想記事を書きかけた。

けれど内容の繊細さゆえ、なんと表現したらいいかわからなくなり投げ出した。

時間をおいてもやはり、上等な書評は書けない。上手に内容を紹介することも難しい。

けれど、読んで揺さぶられたその気持ちだけでも、なんとか残しておきたいと思って、この記事を完成させることにした。

あらすじ

物語は、ある女性が田舎に越してきたシーンから始まる。

謎めいたその女性は、心に傷をかかえ、その地にやってきたようだ。

そんな女性が、ひとりの子供と出会う。

言葉を発さないその子供も、なにかを抱えていて……。

共感できずに傍観

これまで意識したことがなかったけれど、僕の読書は「共感」が軸になっていたように思う。

登場人物の悩みや不安に「共感」して、それらを乗り越えた主人公と一緒になって喜ぶ。

そんな読み方が多かったことに、本書を読んで気がついた。

というのも、この『52ヘルツのクジラたち』の主人公である女性や、その女性が出逢った少年に、僕はまったく「共感」できなかったのだ。

それはもちろん、彼女たちの感性や思考や行動がおかしいとか、そういう意味ではない。

彼女たちが抱える問題の大きさに、これまでぼーっと生きてきた僕が、軽々しく共感してはいけない気がしてしまったのだ。

それに、彼女たちはいわゆる弱者ではあったけれど、弱い人ではなかった。

弱くないどころか、過酷な状況に耐える強い人だった。

僕の経験したことのない困難と、僕の持ちえない強さ。

自分とは遠すぎて、気軽に「共感」することが出来なかったし、してはいけない気がした。

けれどもその強さ、美しさは、強大な引力となって僕にページをめくらせた。

僕はただただ「傍観」者として、この美しい物語を読み進め、読み終えた。

だけど、そのスタンスに、違和感をおぼえている。

他者に声の届かない「52ヘルツのクジラ」のような彼女たちと自分との間に、そんな線を引いてしまったら、この物語の核心には決して辿りつけない気がした。

しかし――しようとして出来るうわべだけの「共感」になんの意味があるのだろか。

結局僕には、52ヘルツのクジラの声は聞こえないのだ。

そんな、苦しい事実に行きついた。

けれども僕は、それを仕方ないと諦めることが出来ない。

自分自身のこれまでやこれからに思いを巡らせるきっかけとなるような、そんな作品だった。

んだけど。なんかこう、堅苦しくなりすぎたな……。

つまり、とても魅力的な登場人物がいて、引き込まれる展開があって、おもしろくて、さらにいろいろ考えることもできて、読んでよかったと心から思った、そいういうことが言いたかった、うん。

書籍情報

『52ヘルツのクジラたち』 
町田そのこ

発行:中央公論新社

四六判 272ページ
定価 1,600円+税

ISBN9784120052989
CコードC0093

書店発売日2020年4月21日