【感想】山本文緒『自転しながら公転する』未読の方へのおすすめ的感想と、読了した人と語りたいプロローグについて
本屋大賞2021発表までにノミネート10作品全部読……めたら読みたいな。
という気持ちで手に取りました本屋大賞2021ノミネート作品『自転しながら公転する』についての感想です。
前半は未読の方へのレビューとして、後半は読了した人と共有したい感想語りとして、書いております。
未読の方はお気をつけいただければ幸いです。
書籍情報

『自転しながら公転する』
山本文緒
発行2020年9月25日
新潮社
四六変型判 480ページ
定価 1,800円+税
ISBN9784103080121
CコードC0093
(未読の方へ)おすすめポイント
まずこの本のあらすじなんですが、帯のコピーが端的に表しているのでそちらを拝借させていただきます。
東京で働いていた32歳の都は、親の看病のために実家に戻り、近所のモールで働き始めるが……。
恋愛、家族の世話、そのうえ仕事もがんばるなんて、そんなの無理!
『自転しながら公転する』帯より
はい。物語は、もうこれでほぼ全てが言い表されています。
アラサーの主人公が恋や家族や仕事の悩みに直面する話。
筋だけを言ってしまえば、それだけです。
主人公の都はその辺にいるようなアラサー女性。彼女が直面する恋や家族や仕事の悩みも、程度の差はあれど別に珍しくないようなものが大半です。
しかし……
いや、だからこそ。
だからこそ、その問題のリアルさに、自分を重ねずにはいられません。
例えば恋愛。相手との将来が不安な時にどうするか。
他人の恋愛話にだったら「別れなよ」あるいは「乗り越えられるよ」なんて客観的にアドバイスできるかもしれません。
だって、どちらかを選ぶしかないのだから。
でも、ことが自分事となると、そう簡単には割り切れません。
先行き不安だから、別れるか。でも、好きは好きなんだ。いやでも不安を抱えたまま、付き合い続けることができるのか。しかし、こんなに自分を大切にしてくれている……。
答えが出なくて、ぐるぐるになって、苦しくなって、どうしていいかわからなくって。
そういう悩みって、きっとありきたりです。その辺に転がっています。
でも、ありふれているからって、当人にとってそれが辛くない苦しくない理由にはならないですよね。
どれだけありがちだろうと、悩むものは悩むし、答えが出ないものは出ない。苦しいことは苦しい。
そんな悩みや苦しさを文章にしてくれているのが本書だと思いました。
ちっぽけな、でも切実な、言葉にならないツラさを、丁寧に丁寧に掬い上げてくれているように感じます。
いろんな人の抱えるもやもやに寄り添ってくれるお話だと思いますが、とくに挙げるなら、やはり主人公と同世代であるアラサーに特に響く物語だと思います。
アラサーの僕にはめちゃくちゃハマりました。
(既読の方と)共有したい感動ポイント
※以下は内容に踏み込んだ感想となっています。未読の方はご注意ください。
いろいろと好きポイントがあったんですけど、とにかくまずはこれを語りたい、そう、プロローグについてです。
たった8ページのプロローグが、物語全体にこんなに効いてくるなんて。
汚い言い方をすると、まんまとやられました。
でもそのやられたっていうのは負の感情ではなくて、むしろあっぱれというか。
こんなに気持ちよく転がしてくれてありがとうございます。
そんな清々しい気持ちというか、そんなのです。
ベトナムでの挙式シーンから始まった物語が、日本人との恋愛模様を描き始めたときは、なぜ!?となりました。
しかし、物語のわりと序盤でベトナム人のニャンくんが出てきて合点がいきます。
なるほど、最後はこの子と結ばれるんだな、と。
しかし、ことあるごとに「お、ここでニャンくんにいくのか?」と思うのに、なかなかそうはなりません。
で、もう物語も終盤の終盤、やっとニャンくんが登場します。
なるほどここからニャンくんルートなのね。
と思ったのも束の間。
そのルートはあっさりと塞がれます。
どゆこと!?え??あともうちょびっとしかページないよ。こっからどうニャンくんにいくの!?それともここからいきなり別のベトナム人が出てくるの?悪いと思ったニャンくんが斡旋!?
なかばパニックになりながらページを繰ります。
けれども、結局ニャンくんと結ばれることなく、貫一といい雰囲気になって本編(?)が終了します。
えええええ???
貫一とこんないい感じになって、なのにそこからなんやかんやあってニャンくんと結婚しましたエンド?それは豪腕すぎません?
なんてもう大パニックになってエピローグを読み始めました。
……やられた。
もうさ、ずっと、ずーっと、物語を読んでいる間中、ニャンくんとの結婚が頭の片隅にあったわけですよ。
で、それが頭にあるから、貫一とのどんなやりとりを見ても、この先……みたいな気持ちになってたわけですよ。
それが、まさかの、プロローグとエピローグだけが娘視点だったとは!
いやもう巧妙すぎます。
これぞ小説の醍醐味だと、大興奮しました。
物語の中身にも、いろいろと共感ポイントとか殴られポイントとかあったのに、なんかもうそれらを全て凌駕するような、この技巧の妙!
本当に心地よかったです。
で、共感ポイントとか殴られポイントとか全てを凌駕したとか言っといてなんですけど、やっぱ共感ポイントも語らせてください。
恋愛の話で言うと、そよちゃんの
「都さんの迷いの根本は、自活できる経済力がないことなんじゃないですか。(中略)都さんが持っている不安は、貫一さんの将来じゃなくて、自分への不安じゃないですか」
『自転しながら公転する』p271 より
が凄く響きました。
僕も恋人との将来に不安になってもやもやしていた時期があって、その時のよくわからない不安の根本って自分自身に対する不安だったんだなと。
なんかストンと腑に落ちました。
と同時に、なのに相手に解決を求めてしまっていたこと、すごく申し訳なかったなと今更ながら思いました。
こういうことって、多分今後もあると思います。
なにかよくわからない相手に対する不安を、紐解くと自分への不安だった、みたいなことが。
別に教訓を得ようと小説を読んでいるわけではありませんが、すごく大切なことだとをわかりやすい言葉にして教えてくれたので、心にとめておきたいと思います。
感想まとめ
まずなによりもその技法に一本取られて感服した本作。
内容にもとても共感させられました。
けれど、僕がこれまで読んできた本に対する共感って、
「まさに自分のことを書いている!!」
みたいなのが多かったんですが、本書は少し違いました。
なかなかうまく説明するのが難しいんですが、まんま自分事というより、他人事なんだけどそれにめちゃくちゃ共感するというか……。
都の友達の一人として、あーめっちゃわかる、って共感しているような、そんな気持ちで読みました。
そういう距離感で本を読んだ体験が自分にはなかったので、なんだか不思議な体験でした。
アラサー世代はもちろん、いろんな世代の、そのへんにいる人におすすめな一冊です。
ということで以上、【感想】山本文緒『自転しながら公転する』未読の方へのおすすめ的感想と、読了した人と語りたいプロローグについてでした。ではまた。