おもしろい文章を書きたいと思ったんだけど、おもしろい文章ってなんだ

せっかくブログをやっているんだから「おもしろい文章」を書きたいと思った。

ああもう、この出だしからしておもしろくない。

おもしろい文章とは

出だしからおもしろくないけど、だからおもしろい文章を書きたいと思ったんだ。おもしろい文章を書ける人は、たぶんこんなこと考えない。

で、おもしろい文章を書くためには、まずその「おもしろい文章」ってのがなんなのか、目的地をはっきりと定めないといけない。

楽しいところに行きたい、とあてもなく車を走らせたってどこにも行きつかないのと一緒だ。目指す楽しいところが遊園地なのか、山なのか、ショッピングモールなのか、それを明確にしておかなければ。

じゃあ僕にとってのおもしろい文章ってなんなのか。

って、序盤からもうすでに「おもしろい文章」がゲシュタルト崩壊的ななにかを発動している。おもしろい文章ってこんな字だったっけ。

さて、気を取り直して僕にとっての「おもしろい文章」を考える。一言で言うと……ん?一言で言うって、頭痛が痛いみたいになってる?大丈夫?一口で言うに言い換えてもよかったんだけど。

で、一言で言うと

ウィットに富んだ内容を、軽妙洒脱な語り口で書いた文章

こそがおもしろい文章なのではないかと思う。

ウィットに富んだ内容を、軽妙洒脱な語り口で書いた文章とは

なんとなくで使っちゃったけど

ウィットというのは「気のきいた会話や文章などを生み出す才知。機知。とんち。」らしい。( goo辞書 様より)

そして軽妙洒脱というのは「会話や文章などが、軽やかで洗練されていること。また、そのさま。」だという。( こちらも goo辞書 様より)

つまり僕の目指す「おもしろい文章」というのは「気のきいた軽やかで洗練された文章」なのである。

気の利いたといえば。以前、僕の大好きなテレビ番組セブンルールで本谷有希子さんが「てっぺんを越える」という表現について「気が利いてますね」と反応していた。

言われてみれば「てっぺんを越える」というのは確かにおもしろい言い回しだけれど、僕はそれよりもその「気が利いてますね」という表現こそが「気が利いている」なとひどく感動した。

さあ、ここまでのこの文章を振り返って「気のきいた軽やかで洗練された文章」になっているか。答えは沈黙……。答えはと言えば沈黙だし、正解はと言えば越後製菓なのは、日本人のDNAに組み込まれている。DNAといえば今から約1年前に放送された日プの豆ちゃんを思い出す。

で、話がそれたけど、こんな文章が「気のきいた軽やかで洗練された文章」かといわれたら、答えは沈黙、と言いたくなるところだけど実際は否である。答えは否。

「気のきいた」の部分はセンスに寄るところも大きいかもしれない。せめて「軽やかで洗練され」ていたい。

と思ったものの、ここまでの文章の「無駄にもったりとした野暮ったさ」は「軽やかで洗練された」とは正反対だ。

どれだけ良く言っても「原稿用紙5枚の作文という宿題を課された小中学生がなんとか字数を稼ごうと頑張った資源だったもの」と言ったところ。

ちなみに校正前のここまでの文字数は約1200。あと2枚分足らない。

陰謀

「おもしろい文章」を書きたい。その一心、そのワンアイデア、で書き始めたはいいものの、僕はいまものすごい恐怖を感じている。

この文章、落としどころが無いのだ。

万が一、ここまでちゃんと読んでくれた聖母のような読者が一人でもいたとしたら、本当に申し訳ない気持ちになる。

善良な一市民の貴重な数分をいただいて、なにも提供できないまま、この記事は終わろうとしている。

いや、終わらせねーよ。

いやいや、そんなことを言っている場合ではない。場合ではない、と思っているならこんな記事アップするのやめとけって思うんだけど、どうしよう、なんかハイになっている。立て、立つんだジョー。ちがう、これは灰。

なにが怖いってこれ、昼日中にシラフで真顔で書いている。冷静な思考力判断力がある状態のアラサーが書いて投下するとは思われない文章を、アップしようとしている。そんなことにエクスタシーを感じる特殊な癖は持っていない。はず。

さてと。もう終わりが見えなくなったんで締めますよ。ここまでお付き合いいただき誠にありがとうございました。

以上、「毛刈り一族の陰謀」でした。ではまた。